蛍光顕微鏡で観察する際の光退色対策
蛍光顕微鏡観察では、時間経過とともに蛍光の明るさが低下する「光退色(フォトブリーチング)」が問題となることがあります。特に蛍光タンパク質や蛍光標識抗体などは光に弱く、長時間の観察や撮影を行うと信号が失われてしまい、解析結果の信頼性に影響を及ぼします。
本記事では、光退色が発生する原因と、その対策方法について解説します。

光退色の主な原因
光退色は、蛍光分子が励起光を吸収した後の化学反応によって分解され、発光能力を失う現象です。特に高出力の励起光源や長時間の照射が主な要因です。
顕微鏡に搭載される光源が水銀ランプやキセノンランプの場合、広い波長域の光が出力されるため、蛍光分子へのダメージが大きくなりがちです。蛍光顕微鏡での光退色は、単純な観察ミスではなく、光源選択や観察条件の影響を大きく受ける「光学的・化学的な現象」であることを理解することが重要です。
対策1:光源選択の見直し
光退色対策として有効なのが、LED光源への切り替えです。LED光源は特定の波長を効率よく発生させるため、不要な励起光の成分を減らすことができます。その結果、蛍光分子に照射されるエネルギーが最適化され、光退色を抑えることが可能です。
また、LED光源は光量調整機能に優れており、最小限の照度で安定した励起ができます。これにより、必要以上の光照射を避けながら、十分な蛍光強度を得ることができます。弊社では、蛍光観察用に設計されたLED光源付き蛍光ユニットを取り扱っており、従来型光源に比べて光退色を大幅に軽減できると好評をいただいております。
各製品の詳しい情報は弊社製品ページをご確認ください。
既に水銀ランプやキセノンランプを使用している顕微鏡で、光源をLEDに変更できない場合もあります。そのような場合には、以下の対策を組み合わせることで光退色のリスクを軽減できます。
- 光量を絞る:光源の光量調整機構やNDフィルターを用いて照度を低下させ、試料に照射される光エネルギーを抑えます。
- 励起フィルターの見直し:観察する蛍光に最適化されたフィルターセットを使用することで、不要な波長成分による励起を抑制できます。
- シャッターの使用:蛍光ユニットにシャッター機構が備わっている場合、撮影や観察していない間はシャッターで励起光を遮断することで、不要な照射を防ぎます。これによりサンプルに照射される総光量を減らし、光退色を抑えることができます。
対策2:適切な光量設定
光退色は、観察している試料に照射される光量に比例して進行します。その為、観察や撮影に必要な最低限の光量に調整することが重要です。
特に、カメラを使用して撮影を行う際は、露出時間だけを短くしても、同じ明るさを得るために光量(光源強度)が上げることになったり、撮影時間以外に励起光が照射されつづけていれば、結果として試料への照射量には差異が無いことが考えられます。
そのため、撮影に必要な信号量が得られる範囲で光源の強度を下げる、あるいはカメラの感度を上げてより短時間でじゅうぶんな輝度が得られるように設定し、それに伴い励起光の照射時間を短くすることが有効です。より高感度のカメラを使用したり、カメラのゲインを適切に調整することで、より低い光量で撮影が可能となり、試料への光ダメージを低減できます。
対策3:観察手順の工夫
観察の流れを工夫することでも光退色は軽減できます。例は以下の通りです。
- 位置決めは明視野で行い、蛍光観察時間を短縮する
- 観察範囲を限定し、不要な部分には励起光を照射しない
対策4:褪色防止剤の利用
褪色防止剤(アンチフェード試薬)は、蛍光色素の光退色を化学的に抑制するために設計された試薬です。
市販の褪色防止剤には、蛍光観察用の封入剤や緩衝液などがあり、蛍光色素と励起光との反応を抑制して、蛍光強度の低下を遅らせます。
褪色防止剤の利用は、観察条件の調整や光源管理と組み合わせることで、より効果的な光退色対策になります。
その他に有効なツール
上記4つの対策以外でも、以下のような光退色を抑制する為に有効なツールがあります。
光退色曲線の作成と活用
光退色曲線とは、励起光照射を続けた際に蛍光強度がどのように減少するかを時系列で測定したものです。
この曲線を作成することで、特定のサンプルや染色条件における退色特性を把握し、適切な観察条件を計画できます。
- サンプルごとの退色速度を定量的に評価できる
- 必要な観察時間に対して、どの程度の蛍光強度を維持できるか事前に予測可能
- 撮影条件(露光時間、光量、タイムラプス間隔)を科学的根拠に基づいて設定できる
タイムラプスコントローラーの活用
長時間のタイムラプス撮影では、撮影間隔や照明制御を適切に管理することが蛍光色素の光退色やサンプルへの光ダメージを抑制する上で重要です。
弊社で販売している LED蛍光顕微鏡では、オプション品としてタイムラプスコントローラーTLF400を販売しております。タイムラプスコントローラーでは、顕微鏡用カメラと組み合わせることで以下のような制御を自動化できます。
- 撮影間隔の精密制御:手動操作では難しい数秒単位での正確なインターバル制御が可能です。
- 照明のON/OFF制御:撮影時のみ励起光を照射し、撮影間隔中は照明をOFFにすることで不要な光照射を防ぎます。
- 長時間撮影時の安定性向上:人の操作によるばらつきが無くなり、長時間のタイムラプス撮影でも再現性の高いデータを取得できます。
これにより、光退色の抑制だけでなく、試料の光毒性低減や長期観察の効率化が可能になります。特に細胞培養観察や蛍光標識サンプルの長期追跡に効果的です。
まとめ
光退色は蛍光顕微鏡観察における避けられない現象ですが、光源・撮影条件・試料準備・観察手順の工夫によって、その影響を大幅に軽減することが可能です。特にLED光源の活用や、適切な照射制御は即効性の高い対策です。